従業員のうつ病は労災申請されるのか(パワハラ等)
福岡県糟屋郡宇美町の「かなた社会保険労務士事務所」代表の田中幸代です。
「うつ病になったのは、長時間労働や上司のパワハラが原因です。労災申請をしたいのですが……」。
従業員からそう切り出されたとき、人事担当者はどう対応すべきでしょうか。
精神障害の労災請求は年々増加しており、どの企業にとっても人ごとではありません。
人事担当者が直面するこの問題について、「労災認定の基準」と「申請時の具体的な対応」の2点を解説します。
ポイント1:対象となる精神障害を発病していること
うつ病や急性ストレス反応など、労災認定の対象となる精神障害を発病していると、専門医に診断されていることが第一の要件です。
ポイント2:業務による「強い心理的負荷」があったこと
原則として、発病前の約6ヵ月間に、客観的に見て、精神障害を発病させるほどの「強い心理的負荷」となる業務上の出来事があったかどうかが評価されます。
ただし、重大な出来事があった場合には、6ヵ月を超えて評価されることもあります。
では、どのような出来事が「強い心理的負荷」と判断されるのでしょうか。
(1)これだけで「強」と判断されうる「特別な出来事」
- 極度の長時間労働:発病直前1ヵ月に160時間以上の時間外労働など、極端な長時間労働があった。
- ハラスメントや暴力:人格を否定するような執拗(しつよう)なパワハラや、治療を要するほどの暴行を受けた。
- 悲惨な事故・災害の体験:業務に関連し、他者を死傷させるなどの体験をした。
(2)会社の対応次第で「強」になりうる出来事
一つの出来事では「中」程度でも、会社の対応に問題があると総合的に「強」と評価されることがあります。
- 例1:大きな業務のミスを経験した後、会社から十分なフォローがなく、一人で責任を問われ続けた。
- 例2:セクハラやパワハラについて会社に相談したが、適切な対応がなされず状況が改善しなかった。
ポイント3:業務以外の原因ではないこと
私生活での出来事(離婚、家族の死亡など)や、もともとの病気(既往症)が主たる原因と判断される場合、労災とは認定されません。
なお、個人のストレス耐性が弱いといった性格面は、原則として労災認定を妨げる理由にはなりません。
従業員から労災申請の相談を受けたら、以下の3ステップで冷静かつ誠実に対応します。
STEP1:初動対応――まずは傾聴し、今後の流れを説明する
「大変でしたね」と、まずは本人の話を真摯(しんし)に聴く姿勢が重要です。
会社の意見を述べたり、反論したりすることは避けます。
その上で、労災申請は労働者の正当な権利であること、会社として手続きに協力することを伝え、今後の大まかな流れを説明して本人を安心させます。
STEP2:事実確認――客観的な資料を収集する
労働基準監督署の調査に協力するため、本人が主張する出来事について、客観的な事実確認を行います。
タイムカードやPCログ、業務メールなど、関連資料を収集・整理。
関係者へのヒアリングが必要な場合は、プライバシー保護を徹底します。
STEP3:請求書への対応――事業主証明を正しく理解する
労災申請で使用される「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」などには、事業主が証明する欄があります。
ここで最も重要なのは、事業主証明は「会社が労災と認める」という意味ではない、ということです。
あくまで、記載された雇用関係や災害発生状況について、会社の把握している事実と相違ないかを確認するものです。
なお、従業員の申告内容と会社の認識に相違がある場合でも、証明欄の記入を拒否するのではなく、会社の見解を別紙にて添付するなどの方法で対応することが適切です。
「労災隠し」のリスク
事業主証明を拒んだり、申請を妨害したりする行為は「労災隠し」と見なされる可能性があります。
「死傷病報告義務違反」として、50万円以下の罰金(労働安全衛生法第100条、労働安全衛生規則第97条)が科されることもあります。
法的な罰則だけでなく、企業の社会的信用を大きく損なう行為であることに注意します。
まとめ:誠実な対応が会社を守る
従業員のうつ病への対応は、人事担当者にとって非常にデリケートな問題です。
今回解説した「認定基準」と「実践対応」のポイントを押さえることで、冷静かつ適切に行動することができます。
注意点として、労災認定と、会社の民事上の「安全配慮義務違反」による損害賠償責任は別の問題です。
労災が不認定でも、民事訴訟で会社の責任が問われるケースもあります。
どのような場合も、従業員に寄り添い、誠実に対応することが、最終的に従業員と会社の双方を守ることにつながります。
発生した事案を教訓に、職場環境の改善と再発防止に取り組むことが、人事部門の最も重要なミッションです。
ハラスメントやそれによる労災が発生しないことが一番ですが、万が一起こってしまった場合には、このような手順を踏んでしっかり従業員さんと向き合っていきましょう!
社内だけでは対応が不安…という場合は、「ハラスメント防止コンサルタント」「メンタルヘルス・マネジメントⅠ種」「キャリアコサルタント」「2級キャリアコンサルティング技能士」の資格を持っているわたくしまでご相談ください。

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